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最高裁判所第一小法廷 平成6年(し)127号 決定

主文

原決定を取り消す。

本件を高松高等裁判所に差し戻す。

理由

本件抗告の趣意は、憲法四〇条違反をいう点を含め、実質は刑事補償法一条一項の解釈適用の誤りをいう単なる法令違反の主張であって、同法一九条二項の抗告理由に当たらない。

しかしながら、所論にかんがみ、職権により判断すると、本件再審判決により言い渡された執行猶予付き懲役刑に裁定算入及び法定通算された未決勾留日数(合計五二一日)については刑事補償の対象とならないとした原判断は是認することができず、原決定は取消しを免れない。その理由は以下のとおりである。

一  未決勾留は、本刑に算入されることによって、刑事補償の対象としては刑の執行と同一視せらるべきものとなり、もはや未決勾留としては刑事補償の対象とはならず(最高裁昭和三四年(し)第四四号同年一〇月二九日第一小法廷決定・刑集一三巻一一号三〇七六頁)、本刑に算入された未決勾留日数については、その刑がいわゆる実刑の場合においてはもとより、執行猶予付きの場合においても、もはや未決勾留としては、刑事補償の対象とはならない(最高裁昭和五五年(し)第一二九号同年一二月九日第二小法廷決定・刑集三四巻七号五三五頁)というべきであるが、それは、未決勾留が刑の執行と同一視される場合、あるいはその可能性がある場合には、未決勾留が本刑に算入されることが利益となり、本刑に算入された未決勾留について、更に刑事補償をすることは、二重に利益を与えることになると解されるからである。そうであるとすると、判決によって未決勾留が本刑に裁定算入され、あるいは法定通算されることとなる場合であっても、その判決確定当時、既に未決勾留が刑の執行と同一視される可能性が全くないときには、その未決勾留は刑事補償の対象となるものと解するのが相当である。

二  これを本件についてみるに、本件は、再審において、申立人が確定判決で有罪とされた罪の一部については無罪、その余の罪については懲役二年(未決勾留日数二〇〇日算入)・三年間執行猶予の判決の言渡しを受けたものであるが、右再審判決が確定したことにより、右刑の執行猶予期間は確定判決の確定日から三年後の昭和二七年四月二七日の経過とともに満了していることになり、右刑の執行については、右再審判決の確定日である平成六年四月六日において、既に執行の余地はなく、本刑に裁定算入及び法定通算された未決勾留日数が刑の執行と同一視される可能性は全くないのであるから、本刑に裁定算入及び法定通算された未決勾留日数についても刑事補償の対象となるものというべきである。

三  したがって、本件の場合に本刑に裁定算入及び法定通算された未決勾留日数について、刑事補償の対象とならないと解し、刑事補償を認めなかった原決定は、刑事補償法一条一項の解釈を誤った違法があり、これを取り消さなければ著しく正義に反するものと認められる。

よって、刑事補償法二三条、刑訴法四一一条一号、四三四条、四二六条二項により、裁判官小野幹雄の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

裁判官小野幹雄の反対意見は、次のとおりである。

私は、本件においては、本件再審判決により、本刑に裁定算入及び法定通算されることとなった未決勾留日数は、刑事補償の対象とならないと解するものであって、これを刑事補償の対象とすべきであるとする多数意見には、賛同することができない。その理由は以下のとおりである。

一 刑事補償は、無罪となった事件に関する不当な身体の拘束等について、補償するものであり、本件のように、一部有罪、一部無罪とされた事案において、本刑に未決勾留が算入された場合には、算入された未決勾留日数は、その算入によって、有罪とされた事実についての未決勾留とみなされるものである。したがって、その未決勾留は、刑の執行の有無にかかわらず、刑事補償の対象となるべき抑留、拘禁としての性質を失うに至るものと解するのが相当である。

多数意見は、最高裁昭和三四年一〇月二九日第一小法廷決定及び最高裁昭和五五年一二月九日第二小法廷決定を引用した上、本刑に算入された未決勾留が刑事補償の対象とならないのは、未決勾留が刑の執行と同一視される場合、あるいはその可能性がある場合には、未決勾留が本刑に算入されることが利益となり、更に刑事補償をすることは、二重に利益を与えることになると解されるからであるとし、未決勾留が刑の執行と同一視される可能性が全くない場合には、その未決勾留は刑事補償の対象となるとする。しかし、刑の執行と同一視する可能性がある場合の利益と、刑の執行と同一視される場合の利益とを同列にみることは疑問であり、刑の執行と同一視する可能性が現実にある場合とそうでない場合とを区別する理由も定かでなく、多数意見のような見解をその引用する二つの最高裁決定の統一的理解として導き出すことは困難であると思われる。右第二小法廷決定は、「本刑に算入された未決勾留日数については、その刑がいわゆる実刑の場合においてはもとより、執行猶予付の場合においても、もはや未決勾留としては、刑事補償の対象とはならない」とし、刑事補償の対象とならないことに何ら限定を加えていないのであり、その趣旨とするところは、本刑に算入された未決勾留は、その算入によって、有罪とされた事実についての勾留とみなされ、刑が執行されたか、刑が執行される現実の可能性があったかどうかにかかわりなく、刑の執行と同一視されるべき性質のものとして、刑事補償の対象とならないとしたことにあるものと解するのが相当である。このように解しても、何ら不合理はなく、この理は、未決勾留の法定通算についても妥当し、同様に解することができる。

二 また、多数意見は、本件においては、刑の執行猶予期間は再審判決確定の時点において既に経過し、刑を執行する余地がないとするが、本件は、執行猶予期間を経過し、刑を執行する余地がない場合には当たらないと解すべきである。

本件のように、確定判決で一個の刑が言い渡された数罪のうち、一部の罪につき再審事由があるとされた場合には、再審は、再審事由があるとされた事実のみを対象とし、その余の事実は原則として再審の対象となることはなく、主文に影響を及ぼす限度において量刑を修正するにすぎないのであって、その法的性格は、併合罪の一部に大赦があった場合における刑法五二条の刑の分離と同様のものと解するのが相当である。したがって、再審判決の有罪部分は、無罪とされた事実がなく、再審の対象とならなかった残余の罪のみであれば、確定判決時に、どのような量刑がされるべきであったかという観点から、確定判決時にされるべきであった量刑を定めたものであって、これをもって確定判決確定の時点における判決の内容と擬制するものと解される。このような再審判決の性格にかんがみると、再審判決において、執行猶予を付するかどうか、未決勾留を算入するかどうかは、確定判決時における量刑事情に基づいて決められるものであり、再審判決における執行猶予や未決勾留算入の意義及び効果も、確定判決確定の時点を基準として判断すべきものである。そうすると、本件再審判決において言い渡された執行猶予の取消しの可能性の有無も、確定判決確定の時点を基準として判断すべきものであり、その時点を基準として見るならば、いまだ執行猶予期間を経過しているとはいえず、執行猶予の言渡しが取り消されるか否かも将来の不確定な事実に関することであるから、執行猶予の言渡し取消しの可能性もないとはいえないものといわざるを得ない。

以上の次第であって、私は、多数意見に賛同することができず、本件再審判決により、本刑に裁定算入及び法定通算されることとなった本件未決勾留日数は、刑事補償の対象とならないというべきものと考える。したがって、本件未決勾留日数が刑事補償の対象とならないものとした原決定は正当として是認することができるから、本件抗告は棄却すべきものである。

(裁判長裁判官 大堀誠一 裁判官 小野幹雄 裁判官 三好達 裁判官 高橋久子)

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